2005年07月04日

無意識の言動

話をしている時に何気無い一言で相手を傷つけてしまい、後で反省することがあるが、韓国人の意識の中には、そんな気持ちが無いことがある。

日本人に対する礼儀

・・・韓国人の私がなぜ日本学会に、それも海外のメンバーとして参加しなければならないのか。くだらない話だ。私は、返事の手紙を送らないことで、同氏の招待を黙殺した。別に申し訳ないとも思わなかった。 何せ日本人だから。・・・中略・・・後日、あれだけ大いに助けてもらうことになったにもかかわらず、 谷口教授の招待を沈黙でもって拒んだ無礼さを謝罪し、遠くない将来に同氏に会い、私の公明正大でない身の振り方を謝りたい、と書いた。それから 「何回か日本人に対し無礼な身の振り方をした前歴があるものの、相手が日本人ならば、 韓国人はちょっとやそっとは無礼であっても構わない、との通念には承服しないことを約束する」と付け加えた。

「日本人だ」という事だけで、無礼が許されると言う考えがあるということなのだ。
日本人としては、これは明らかな民族差別で、それこそ人種差別協会なんかが挙って抗議されてもおかしくない考えである。
この韓国人の他民族を見下した考えは、時代の経緯と共に、本来中華思想で主従関係であった中国に対しても、若い韓国人の中には中国を見下した考えを持つ者が出てきている。

こういった他民族を見下す考えは、逆に言えば「自国民は優秀である」、つまり「自分達は特別なのだ」という考えに発展する。
これこそファシズムの始まりではないか?
昨今の中韓は、日本という素材を盾に自国のファシズムを正当化しようとする傾向にあると感じてしまう。

最後の方では、アメリカ人と結婚した先輩と日本人と結婚した姪に気遣い言葉に注意するようにしているが、 まさに哲学者ゼノンの言葉は偉大であると感じる。

  先輩の中に、アメリカ人女性と結婚し、2人の息子までもうけている人がいる。先輩の前で無意識的に、何気なく 「アメリカのやつ、アメリカのやつら」と話したら、先輩が話した。君、言葉遣いを注意しなさい。 「アメリカのやつ」と結婚した私としては困惑してしまうよ。
  兄の娘、すなわち私の姪は日本人と結婚した。姪の夫婦は、実家で大きな行事がある度、幼い娘と一緒に韓国に帰国している。 わが家族は、兄の前で「日本のやつ」、「倭人」、「チョクバリ(日本人を蔑んだ呼び方)」 という言葉を使わないため努力している。努力しているうち、少しよくなった。哲学者ゼノンの言葉通りだ、と思う。  

  ペリクレス(古代アテネの政治家)の振るまいが、あまりにもきちんとしていることについて、 人気取りのための偽善だとする人がいた。哲学者ゼノンがその人に話した。 「君も真似してみなさい。知らないうちに上品になるだろうから」

posted by JNES at 11:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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