2005年04月26日

誰の為の命か

韓国国内では、世界大戦の頃の戦時下では考えられない事態が起きている。

こんな国を命をかけて守れと言えるのか

この事件の遺族らはこの3年間、思い切り号泣することさえ難しい雰囲気の中で生きてきた。これまで、 太陽政策に悪影響を及ぼすのではと気が気でなかった政府関係者から「静かにしていて欲しい」という注意を受けたことすらあった。

温情に接するのは良いが、 自国の国民に対する非道を黙認するような政策ならするべきではない。私から見れば、北に対して尻尾を振っているだけの政策でしかない。

自国のために散った命を尊ぶ事に何の罪があるのだろうか?
靖国参拝もA級戦犯だろうが、一般兵だろうが、散った命に対して尊重することに何の罪があるのか?

「罪を憎んで人を憎まず」
と言うが、彼らにはその概念すら理解する能力が無いと言える。

中国にしても、既に 東京裁判で戦犯とされる人々に冤罪を擦り付けて犯罪に対する罪が確定しているにも関わらず、未だに責任論を振りかざす。
彼らは、一部の判決に加担し、残忍な方法で死刑を執行しているにも関わらず、日本はそれらを受け入れ現在に至る。

本当の戦犯は、誰なのかもう一度説いてもらいたいものだ。

極東国際軍事裁判
posted by JNES at 12:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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